あんまりだ
1年以上経過している。信じられない。
おはよう。最近1睡眠が2時間程度しか取れていない等価です。
今回筆を取るに至った理由は、初のコスプレイベント参戦が決定したことにあります。広島府中イオンモール、初めて行く。先輩、車を出して下さり誠にありがとうございます。𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬______.
初コスプレにあたり、様々な「初めて」に取り組んでいる。ウィッグセット、メイク練習、(軽めの)ダイエット。
ウィッグセット
めちゃくちゃ難しい。幸いなことに、私が今回挑戦するジェーン・ドゥ(『ゼンレス・ゾーン・ゼロ』より)は、(ほぼ)ぱっつんのキャラクターである。前髪セルフカットの経験が活きて本当に良かった。しかしながらその他の部分はそうもいかない。私は横髪の部分を粗めの姫カットだと解釈したのだが、この「粗め」の部分の再現がなんとも難しい。恐らくスキバサミを使うタイプでは無いと思うのだが……如何せん全て手探りでのスタートである。難しい。しかし楽しい。いい趣味ができたものである。
メイク練習
本当に難しい。練習にあたり色んな道具を仕入れることとなった。未だ練習中であり納得のいく出来を作れていない身ではあるが、現状最も重要だと感じたのはアイライナーだろうか。詐欺メイクを超えた顔面作成を行う上で避けて通れないのがアイラインと下まつげである。これらを納得のいく出来に仕上げるために必要なのが、アイライナー。簡単に落ちず、筆先の細いもの。メイク道具に詳しい友人に聞き、ラブライナーのブラックを購入。
散財にはなんとも言えない快感がある。
ダイエット
重要である。
蓄積した皮下脂肪。圧倒的な運動不足であろう。夏休みを良い事に、毎日外に出ようと思う。日焼け対策が面倒だが、これはやむを得ない。
そして食事面。1日3食、しっかり摂取。出来合いのものは避け、自分で作成・管理したものを摂ろう。忘れがちなタンパク質を特にしっかり摂りたいところ。鶏胸肉は若干飽きがきているが、致し方ない。豆腐ならば手が出しやすいのだが、タンパク質としての立ち位置はどうなのだろう。調べよう。
いつになく充実した夏休みになりそうである。研究もぼちぼち、やることがない時にやるくらいの気持ちでいようか。
■
半年ぶり。何が備忘録だい?は?備忘録に頻度は関係ないが……?
ゴタゴタがひと段落着いて、完全に燃え尽きている。それに巻き込まれてグチャグチャになる、そういう形で壊れてたまるか、と、半ば意地で無理くり立っていた。数日前まで。
まあ、この事象について全てを知る人物は私しかいないから、これは全て主観。そういう心の専門家とかには介入していただいていないので、この自分に対する所感というのが全て「甘え」に過ぎない、そういう感覚も共にある。自分を信じていない。誰のせいかな?(他人へのちくちく言葉)こうなることを選んだ自分の責任かもしれないね(自分へのちくちく言葉)。
誰かに読ませる文章を書くつもりがないので、ここでは考えてること全てを垂れ流している。脳内の音声をまるっとお届け。今のこれとか、冒頭のあれとか。常に自分を監視しているカメラが稼働していて、スピーカーで檄を飛ばしてくる。はじめは他者との間に馴染むため、つまり周囲の人間の価値観をインプットし、自分の行動の修正をさせるために据えたはずなんだけど、いつからこいつの声がこんなに怖くなったんだろうな?情報元である「周囲の人間」とやらが怖くなったからかな?はたまた監視対象たるおれ自身の自我が弱くなったからかな?わからないね。わかるための元気もあまりない。自分なんかもう死んじゃえばいいと思いながら過ごしている。問題と向き合うことは生きようとすることだ。もう疲れたのだ(「のだ」って、使うだけでめちゃくちゃハムちゃんずに見えるね)。
ここまで仔細に話してはいないが、ぽつぽつと零してみたところ、例の大らかネキともう1人に「休め」と言われたので、休んでいる。ところでおれは休み方が下手かもしれん。横になっていられない。ならば自分は元気なんじゃない?と斜め後ろからヤジが飛んでくる。そうだね。
近況
Limbus Company(正規の表記をなすかカタカナで書くかで精神状態分かりそう。今日は、面倒くさいから何も考えずカタカナで書く→前の表記と合わせた方がいいか?じゃあ英語だな…… をした)は、とてもいい。
5章を終えました。終盤、ゴリゴリのカップリングゴリラになりそうだったけど、片方の状況のこと思い出してまだステイしている。というか原作ピークォド号流石にここまで女の園じゃないと思うんだけど(原作読んでないから知らん スマン)、じゃあなぜ女性にしたんだ……?という疑問がある。運営にデカ感情三角関係百合好きな奴でも居るんか?しかしまあ、もしあの3人女じゃなかったらちょっとBL色濃くなってしまうからあれでいいのかもしれん……某人から某人への感情がちょっとねっとりしすぎているし、某人から某人へのある言葉に関しては女性同士である方が織り込める表現の幅が広くなる。と思う。
そのままの勢いで6章にも踏み入っています。ヒースクリフくんへの好感度が乱高下している。
何気に韓国語勉強始めて半年経っている。アタシ、リンバスカンパニーの事もっと分かりたくってェ……。まだ文法は序の口もいいとこだが、韓国語の発音の癖がわかったようなわからん様な、今はそういう感じ。ただ戦闘でよく使ってる人格(キャラ)のセリフだけは耳コピで(たぶん)言えるようになっている。海外ニキネキらが偏った分野の内容だけ日本語喋れたりするのってこういう感じなんだなあ、と思うなどしている。リンバスやってる管理人、多分みんな「除き去らん!」って言えると思う。あと私は「噛み応えがあるな」も言える。
■
かなりエネルギーを使った作業をした、気がする。序論なんて書いたことがないから、爆裂に疲れた……。本当に。間食にパン食べたし、夕食に爆裂にマックを食べた。アップルパイもつけちゃった。あとちょくちょくラムネも食べてた。人々、頭を使うとぽっかぽかになると思うが、私の今日もそれだった。ほっぺたが赤かったと思う。
本日はおおらかな心で有名な方の元で作業をさせていただいた。彼女は本当にいい人です。コミュニケーションをとるのが上手い。テニプリにふんわり浸かりながら作業をした1日だった。
私は基本的に人を信用していない、という程ではないが、自分のことをよく知らない他人は何かしら自分に危害を加えようとしている、くらいには思っているので、基本的に他人に割く心の容量はかなり小さい。話は聞くし理解もしようとするけど所詮他人、全員なんか言っている、位の気持ちでいる。一方、自分の可愛がり方が分からなくなっており、残った心の部分を自分に割くことも出来ない。おそらく、今はこの部分に諸々の仏教思想を詰め込もうとしているのだと思う(昔はここにオタクカルチャーが詰まっていた。蘆屋道満とか。)。嘘かも。詰め込まざるを得ないものがいるな。とてもここでは言えんが、思想・カルチャーや有象無象や自分ではないモノが詰まっている、ということは示しておいた方が良いと思う。これは備忘録であるので。
(ふんわりと日付をまたいでいる)
では、この涙は一体どこから染み出しているのだろうな。まず思い当たるのは自己の不在である。詰め込まれるものが多かったお陰か、この1、2年くらいですっかり小さくなってしまった自己。この涙はそいつの体液なのかもしれないな。他のところに染み込むこともなく、時も考えず、ぼとぼとと流れ出ることがある。あまりに源が小さすぎるせいで、何処から、何の故に流れ出てくるのかが見えなくなっているのだろうか。
■
※冒頭から汚い話をする。
ここの所ずっと、目覚めた後の腹痛に悩まされている。自分の感覚としては下痢してる時の腹の動き方に似ているんだが、この腹痛によって出てきたものは下痢とは言い難い形。ならば、この腹痛は人々が毎日催していると言われる便意というものなのか……?と考えること、しばしばあり。もしそうなら、人々の言っていた「朝出さないとモヤモヤする」という表現がよくわかる。これを我慢して職場や学校に行くのは、なんとなくモヤモヤする。キツいわけではないが、『何もない』というわけでもない、その絶妙なライン。腹痛を感じた経験がほぼなかった私には分かろうはずもなかった。むしろこうなる前の私は何を合図にトイレへ向かっていたんだろうな。「排泄できる/排泄できない」の二択であって、「排泄しない」という意思が入り込んだ択がなかったから、体が危険信号を発していたのかもしれない。「お前もう出さんと破裂するから!行け!」って。
さて、『何もない』で連想したので、ロボトミーコーポレーションの話をしよう。
「ロボトミーコーポレーション Lobotomy Corporation」は韓国のインディーズゲームスタジオ、Project Moonが発売しているゲームである。ちなみに、前回の日記で話題に出した「リンバスカンパニー Limbus Company」の前々作になる。ゲームシステムは全然違うが、同一の世界観で繰り広げられる物語である。
ところでこの製品展開のされ方、何故かワクワクして好きなんだよな。新作から得られる未知の情報だけでなく、新システムという観点からも世界観の掘り下げができるからかもしれない。
閑話休題。自分はこのゲームが好きだ。このロボトミーコーポレーション、タスク管理しながらも程よく脳死で作業ができるから。簡単に頭を使ってる感だけが得られるってワケ。ゲームとしての都合上、管理リソースという報酬が絶対に得られるのもかなりミソな気がする。ていうか大体のゲーム、そうだな。話が広がらなかった。
縛りプレイをする人は何を思ってやるのか、とかこんど考えてみようかな。
狂し紛れの高笑い・想囚人
キレそうになると「アハハ」というテキストが頭を駆け巡るの、中学生の頃から居座っているオタクの条件反射的定型文なのか、はたまた過ストレスに対する防衛反応なのか、とんと分からない。
ところで。何を考えているのか理解できない他人に対して「間違い/異端」の烙印を押すよりも、長年近くで付き合い続けてきた自分に「間違い/異端」を焼き入れる方がまだマシな気がしてるので、普段自分はそうしている。マシというのは、己を過信するがあまりに変な道を爆走するよりは、ということだ。自分を省みないまま増長している人間はやがて見捨てられていく、という例を母からよく耳にしている。それはもう、何度も。「もし調子に乗った末に痛い目を見たら、多分この人は助けてくれないんだな」と、そんな思いがすくすくと長年かけて育っていった。公務員講座を数回受けてやめた時も、虚ろな目で企業説明会を受けていた時も、何も相談することなく院試を受けた時も、この思いがずっと、頭の片隅でゆらゆら揺れていた*1。これは半分くらい強迫観念なのかもしれない。謙虚であれと。そのせいで自分に「間違い/異端」の烙印を押し付ける癖が付いているのは、頂けない。冒頭のキレ芸*2云々に自他の区別は関係ないのに、自分に焼印を押す機会があると見るや、脇目もふらない……。
ただ、一通りキレたあとやストレッサーから距離を置いたあとに、首元にするりと冷たいものが巻き付いてくる。「『機械的に自分を否定する自分』を否定」するフェーズだ。手前のやりすぎな自己否定もここまでくるとよくできているな。おそらくここで、ちゃんと客観視が出来るようになっているわけだ*3。
キレ飽きてきた。また今度加筆するかもしれない。
ところで、相手に伝わらない配慮は思いやりと言えないのではないか?
近況。
リンバスカンパニー、味わいがありそうなんだけど、噛み締める元気がない。顎を動かそうとする度に、バカにされているような諸々を思い出して集中できなくなる。早急に何とかしなければならない。殺すか。https://x.com/limbuscompany_b/status/1742818178022232073?s=46&t=sleRYgTNerYysMcY_cWhJg
#LCB #림버스 #LimbusCompany #リンバス pic.twitter.com/9mpyMwYKGd
— Limbus Company (@LimbusCompany_B) 2024年1月4日
これはウーティスさん。ウーティスさん、なんとなくエロいから困る。現在の自分自身が頼りになる存在を欲しているからかもしれない(ウーティスさんが万事頼りになる人か?というのは置いておいて)。自分の方から頼らせてくれる人間を切っておいて何を言っているんだろうな。
リンバスカンパニーで取り上げられてる作品、ちゃんと読みたいな。
- 『変身』だけは既に所持していて、またどこかで読んだ覚えもあるが、読了感がさっぱり思い出せない。まるちゃん、それは読んだうちに入らないよ……。本の内容ではなく、読了感を覚えているか否かで読書判定してるの、見る人によっては絶許案件かもな。相容れないね。
- 短くて取っ付きやすそうなのは『デミアン』『地獄変』あたりか。『ファウスト』は長そうではあるが、戯曲だし案外文章量はないんじゃないか?とみている。
- 『罪と罰』『異邦人』『白鯨』は長くてなかなか気合いが要りそう。ドストエフスキー、訳された文がカッチカチで取っ付きづらかった記憶があるし、難航しそう。でも楽しみだな。ポップカルチャーから文学作品読むのは文スト以来だから、その時の自分とリンクしてなんとなくワクワクする。懐かしいな、モビー・ディック。
- 『つばさ』、今調べたら書き出しがイサンそのものすぎてひっくり返ってしまった。読みて〜〜〜
なにかに没入しようとしている時はこんなにも心穏やか。
■
はじめての日記から、約120日……?妙だな。
こんばんは。ここに来たということは、そう。現世にストレスを感じたということだね。具体的に言うとてめえの居場所の不在。全ては俺の責任です。ガハハ。死んでくれ……。
春休みが明け、なんだかんだ1ターム開始。ワイ将、のうのうと学校に通っている。指導教員に院進を大して止められなかったこと、また大変お世話になっている博士課程さんにも好意的な反応を示してもらえたことで、まんまとマシメンタルになっている。すまん、嘘かも。また他人からの励ましかいな、と嫌になってきた。やめましょうか。そも好意的な反応とは人手不足のアレかもわからん。マイナス思考やめなさーい!なお冒頭の「居場所の不在」はここではありません。見返してるのはお前くらいだろうし、なんなのかは分かるね。
こういった、自分への発信(それを自省と呼ぶのかもしれん)という形で書かれた文章、後から読み返して痒くなるのは、絶えず変化する俺という存在に基づいて書かれた文章だからだろうか。絶えず変化するものに依存して書かれた無常な文章は、どんな形だったかすら思い出せない執筆者の「俺」が、「俺」がさも不変のものであるかのように、読み手の「俺」に対し自信満々に語っている。読み返した時の主体は、書いた時の「俺」ではないので、「こいつ、無常であることを理解してねえ……」となるのかしらん。(要推敲。書きながら勝手に納得いったからって文章を適当に切り上げんじゃねえ。)読み手の「俺」への接触がない文章はその文章のみで完結した、つまり現行のタイムラインからは切り離された、一種の独立した作品と化すから読んでいられるのかな。
永田社長の、過去の自分へのスタンス、いいですよね。過去の自分を自分として恥じるのではなく、反面教師のように扱う。そうすると読み返しの痒さは感じなくなるのかも。

これは存在しないゲームのプレイ中画面です。

